2013年12月6日金曜日

ダビデの子・イエスキリスト

ダビデの子・イエス





 ダビデは、救い主イエスキリストによって、永遠のいのちが与えられ、永遠の王国が確立されることを信じたのです。


 イエス様は、ユダ族である王・ダビデの子として、お生まれになりました。


「ユダ族」王権、その国の頭であり、統治者の杖を持つ主権者がユダ族から出てくるという預言のことばが与えられた部族。直接的には、ダビデをさし、神の真の御心としては、王なるイエスをさす。


王権はユダを離れず、統治者の杖はその足の間を離れることはない。ついにはシロが来て、国々の民は彼に従う。〈創世記49:10

 ついにはシロが来ては、王なるメシヤであるイエスキリストが来て、国々の民すなわち、全世界の民をイエス御自身が支配されるということを現しています。


 神のひとり子であるイエスは、御自分を低くして、人なって「女の子孫」としてこの世に来てくださり、人類の為に救いを、十字架の死という苦しみを通して全うしてくださいました。しかし、神はイエスをよみがえらせ、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。神はキリスト・イエスにおいて神の永遠のご計画を成し遂げられたのです。


 メシヤなる君は、アブラハム・ダビデと結ばれた契約を通して、この世に来られました。そして、また、アブラハム契約・ダビデ契約を通して、主は再びこの世に来られます。

〔黙示録の預言のことば〕


・ダビデ契約は、イエスキリストの十字架の死と復活によって成し遂げられ、イエスキリストの再臨によって、完全に実現される契約です。


また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。 その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。 その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。

 天にある軍勢はまっ白いな、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。

 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。

 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。

〈黙示録19:11-16


『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』と、イエスを受け入れなかったユダヤ人・イスラエルの民が霊の目が開かれ、イエスこそ自分たちが待ち望んでいるメシヤだとわかって、再臨を待ち望んでいる中でイエスは再び来られます。


 その為に、今は、ユダヤ人・イスラエルの民が、イエスを信じ救われている時代です。その後、イスラエル人帰って来て、彼らの神、主と彼らの王ダビデを尋ね求め、終わりの日に、おののきながら主とその恵みに来よう。〈ホセア3:5





ダビデ契約

 ダビデ契約

 



 神は、永遠の救いの御計画を成し遂げられるための器として、アブラハム、イサク、ヤコブを選ばれ、また、イスラエル十二部族のユダ族の中からダビデを選ばれました。

 

 神はダビデを、イスラエルの国、イスラエル十二部族全体の王とされました。

 そして、神はダビデと契約を結ばれました。

 

アブラハムの子孫・ダビデの子孫・イエス


 神のひとり子であるイエスキリストは、アブラハムの子孫、ダビデの子孫として、人となってこの世に来られました。

アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図〈マタイ1:1


 救い主イエスは、神がアブラハムと結ばれた契約を通して、また、神がダビデと約束された契約を通して、この世にお生まれになりました。


イエスキリストの初臨・御降誕 


“…あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。〈ルカ1:33

 これは、マリヤに与えられた神のことばである。


 最初の救いの約束であるエデンの園での神の御計画によって、「女の子孫」の女に選ばれたイエスの母マリアは、このように神を賛美しています。

 マリヤは言った。

 「わがたましいは主をあがめ、わが霊はわが救い主なる神を喜びたたえます。

 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。

 私たちの父祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。〈ルカ1:41-55


 世界中の全ての人間の救いは、神の恵みによる永遠の救いの御計画と、その御ことばの約束を時が来れば実現してくださる神の真実にあります。

 その神の約束の御ことばを成就する使命を負って、イエス様は、この世に来てくださったのです。

  




  ダビデ契約〈サムエル7:816


①“あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。7:12.13


 ダビデの子が、主の家(主の宮、神殿)を建て、彼の王国を確立し、神はその王国の王座を永遠に堅く立てられる。


②“わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。7:14


 神はダビデの子にとって父となり、彼は父なる神にとって子となる。


③“あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。7:16

 ダビデの家とダビデの王国はとこしえまでも続き、ダビデの王座は、永遠に堅く立つ。




  ③は歴代誌では、こう書かれています。
“わたしは彼(ダビデの子)をわたしの家とわたしの王国の中に、とこしえまでも立たせる。彼の王座は、とこしえまでも堅く立つ。”〈Ⅰ歴代誌17:14
・神は、ダビデの子イエスを、父なる神とその王国の中に、永遠に立たせ、彼の王座は、永遠に堅く立つ。

 
④“わたしはあなたをすべての敵から守って、安息を与える。

7:11

 信じた者は神の安息に入る




 ダビデ契約も永遠の契約なので、キリストの十字架の死と復活によって成し遂げられるための契約でした。


彼(ダビデ)は預言者でしたから、神が彼の子孫のひとりを彼の王位に着かせると誓って言われたことを知っていたのです。それで後のことを予見して、キリストの復活について『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない』と語ったのです。神はこのイエスをよみがえらせました。〈使徒2:30-32 


  ダビデは、神がイエスを死者の中から甦らせたことによって、自分たち聖徒も終わりの日に復活し、朽ちないからだに変えられることを堅く信じました。

しかし、朽ちないものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた」としるしされている御言葉が実現します。〈|コリント15:54



約束の子孫イエスキリスト

  約束の子孫イエスキリスト



 

アブラハムとイサクは、父なる神とそのひとり子イエスキリストの型です。

信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。〈ヘブル11:17-19

 型だという事は、後に、真の主の御心が、行われることを意味しています。


 アブラハムとイサクは、モリヤの山(エルサレム)での出来事を通して、神が全焼のいけにえの羊として神ご自身のひとり子を備えられる時が来る事。

 また、神ご自身のひとり子の血と死によって呪いと滅びから人類が贖い出される事。

 そして、神がそのひとり子を死からよみがえらせることによって罪の赦しと永遠のいのちが人類に与えられる事。

 それにより、自分達が復活し永遠に約束の地に住む日が来る事。 それらのことを啓示され、また信じたのです。


 アブラハムは、ノアの直系の子孫でした。

 ノアは、主のために祭壇を築き、祭壇の上で全焼のいけにえをささげ、主は、そのなだめのかおりをかがれたとあります。(最初の全焼のいけにえ)


 また、神はノアに、わたしはあなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の値を要求する。〈創世記9:5と言われています。


 その事や、大洪水とノアの箱船の話しが代々語り継がれていたかもしれません。

 アブラハムがモリヤの山での神の御心を、理解しやすい環境で育った可能性は高いのではないでしょうか。


 また、アブラハムの体が死んだも同然であり、サラの胎が死んでいる状態の中で、神が約束の子イサクを彼らに与えらたという経験も、神は死人さえもよみがえらせることができるという信仰にアブラハムを至らせた要因だったでしょう。


 なによりも、イエス御自身が、「あなたがたの父アブラハムは、わたしの日を見ることを思って大いに喜びました。」と言われています。〈ヨハネ8:56

真の御心・父なる神とひとり子イエス


神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。〈ローマ3:25


 この御言葉によって、神がアブラハム契約の中で言われた子孫が、イエスキリストであることがわかります。 なぜなら、イエスキリストは、実際に、私たち人類の罪のなだめの供えものとして私たちの罪を負い、全焼のいけにえの子羊として、十字架の上で血を流され、ほふられたからです。

 神が子羊キリストイエスを、なだめの供えものとして殺された時、神ご自身が、イエスこそ、神ご自身のひとり子であり、アブラハム契約の中で約束された子孫であることを、公に示されたのです。






アブラハム契約

 アブラハム契約





主のことばが彼に臨み、こう仰せられた。「さぁ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」彼は、主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。〈創世記15:6


 アブラハムは「信仰による義人」の起源であり、私たちの信仰の父です。


「アブラハムは神を信じた。それが彼の義とみなされた」「わたしは、あなたをあらゆる国の人々の父とした」と書いてあるとおりに、アブラハムは私達すべての者の父なのです。

 すなわち、私たちの主イエスキリストを死者の中からよみがえらせた方を信じる者は、その信仰が義とみなされるのです。

 なぜなら、主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。


 神は、アブラハムがまだ割礼を受ける前に、律法の影も形も無い時に、あくまでも主と主のことばを信じるアブラハムの、その信仰を義と認められました。


 ですから、アブラハムは、割礼のあるユダヤ人にとっても、無割礼の異邦人にとっても、信仰の父なのです。


 私たちも、イエスを主と告白し、神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと心で信じ、義と認められ救われました。

 ただ、神とイエスキリストの恵みによる賜物として、永遠のいのちが与えられ、神の子とされたのです。


 そして私たちも、アブラハムの信仰の足跡に従って、ただ主と、主の御ことばを信じて、喜びと感謝の中で日々歩んで行くようにと、主は願っておられるのです。





〔アブラハム契約の全容〕


 神が、アブラハムに現れ、彼と契約を結ぶと仰せられてから、〈創17:1〉~

神はアブラハムと語り終えられると、彼から離れて上られた。〈創17:22〉までの約束


①“わたしは、この契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もうアブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くなり国民の父とするからである。わたしは、あなたの子孫をおびただしく増やし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。〈創世記17:4-6


②“わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。17:7

③“…カナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。17:8


〔神とアブラハムの家族、サラ、イサクへの約束〕


割礼ついで、神はアブラハムに仰せられた。次のこと(割礼)が、わたしとあなたがたと、またあなたの後のあなたの子孫との永遠の契約〈1710

 イスラエル民族限定

⑤“その名をサライと呼んでではならない。その名はサラとなるからだ。わたしは彼女を祝福しよう彼女は国々の母となり、国々の民の王たちが、彼女から出て来る。17:16


⑥“…神は仰せられた。「あなたの妻サラがあなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサク(笑いの意)と名づけなさい。わたしは彼とわたしの契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする。」〈創世記17:19


⑦“地上のすべての民族はあなたによって祝福される。〈創世記12:3


⑧“あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。〈創世記22:18






約束の子孫イエスキリスト


ところで、約束は、アブラハムとそのひとりの子孫とに告げられました。神は「子孫たちに」と言って、多数をさすことはせず、ひとりをさして、「あなたの子孫に」と言っておられます。その方はキリストです。〈ガラテヤ3:16


 神がアブラハム立てられた契約(約束)は、アブラハムと後のアブラハムの子孫であるイエスキリストと結ばれたものであると、聖書は言っています。


 この契約は、アブラハム契約をお受けになったアブラハムの子孫であるイエスキリストが、この世界に来られた時に成し遂げられるための契約であったのです。

 なぜなら、永遠の契約、永遠の所有という永遠という言葉が含まれているものは、永遠のいのちが与えられなければ成就することが出来ないからです。


 神がアブラハムと立てられた契約の中で、永遠(のいのち)に関わっているものは、神のひとり子なるイエスが、人となってこの世界に来られ、私達人類全ての罪を負われ、十字架の上で血潮を流し死んで復活された、その永遠のいのちが、私達人類に与えられるようになって、初めて成就することが出来たのです。


それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。





復活の主

復活の主イエスキリスト






 イエスキリストが甦られた時、ひとりの人イエスキリストによって、恵みよる復活のいのちの支配が、世界中の多くの人に満ちあふれました。

 父祖アブラハム・イサク・ヤコブ、ダビデ達が待ち望んだ神の最高の祝福!永遠のいのち、罪の赦し、Kingdomが到来し、私たち人類すべてに、すなわちユダヤ人にも異邦人にも及びました。


 “私たちは、神が父祖たちに対してなされた約束について、あなたがたに良い知らせをしているのです。

 神は、イエスをよみがえらせ、それによって、私たち子孫にその約束を果たされました。詩篇の第二篇に、『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ』と書いてあるとおりです。 神がイエスを死者の中からよみがえらせて、もはや朽ちることのない方とされたことについては、『わたしはダビデに約束した聖なる確かな祝福を、あなたがたに与える』というように言われていました。”…モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について信じる者は皆、この方によって、解放されるのです〈使徒13:3239


 神は、アブラハムの子孫、ダビデの子孫から、約束に従ってイスラエルに、救い主イエスをお送りになりました。 

 神は、御ことばの約束によって、永遠の昔から 彼らに約束してくださった永遠のいのちが、イエスキリストの十字架の死と復活によって完了されたのです。 

レアとラケル

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レアとラケル

 


                                     

 レアとラケルは、ヤコブの二人の妻である。二人は姉妹である。姉の名がレア、妹の名がラケルであった。

 

レアの目は弱々しかったが、ラケルは姿も顔だちも美しかった。〈創世記29:17〉と聖書に書いている。

 このふたりの人生を思う時、『風と共に去りぬ』のメラニーとスカーレットを思い浮かべてしまう。

  

 ヤコブはラケルを愛していたので七年間、ラバンに仕えた。

 ラバンより娘ラケルを妻としてもらえると思っていたヤコブの所に行かされたレアは、どうにもぶが悪い。   しかし、レアは、主を信じ、ひたすら忍耐してヤコブが自分に振り向いてくれるのを待っている。 その中で、主の恵みと祝福は、彼女に降り注ぐ。  

 
 主は、レアが嫌われているのをご覧になって、彼女の胎を開かれる。彼女は、ヤコブの子供を立て続けに三人産む。 

 その中に、王の権威を相続するユダがいる。その家系から王ダビデが生まれるのである。 

 

 一方、ラケルは不妊の女である。ラケルは、自分がヤコブに子供を産んでいないのを見て、姉に嫉妬し、ヤコブに「私に子供をください。でなければ、私は死んでしまいます。」と言う。 

 レアよりもヤコブに愛されているラケルであったが、慰めを受けるどころか、ヤコブに怒りを燃やされこう言われる。「私が神に代わることができようか。おまえの胎内に子を宿らせないのは神なのだ。」

 

 『風と共に去りぬ』を思い浮かべる時、主人公であるスカーレット・オハラは一見、魅力的で目を引き性格も強い。

 しかし、真の強さと優しさを兼ね備えているのはメラニーである。

 メラニーと同じように、真の強さと優しさを兼ね備えているのはレアかもしれない。

 

 しかし、神はラケルのことも覚えておられた。神は彼女の願いを聞き入れて、その胎を開かれた。

 そして、後にエジプトの統治者となったヨセフが生まれる。  

 

 神は、このふたりの女性を用いられて、イスラエルの十二部族を産んだ。そうして、イスラエルの家を建て上げられたのである。

 

「さぁ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。

主は御自分の小道を、私たちに教えてくださる。

私たちはその小道を歩もう。」

それはシオンから御教えが出、

エルサレムから主のことばが出るからだ。〈イザヤ2:3

 

 

ボアズとルツ


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ルツ記より・神の祝福

 

                                     

姑ナオミ 

 

 

 ナオミは、このルツ記の主人公ルツの姑である。

 この当時のイスラエルの背景を知るには士師記を読まなければならないが、イスラエル民族が混迷していた時代である。

 士師たちが治めていた頃、飢饉があった。 ナオミ家族は、ユダのベツレヘムからモアブの地へ行き、そこに滞在した。

 モアブの地で、主が御自分の民を顧みてパンを与えておられると聞いたからである。

 

 その地で、ナオミの長男は、モアブ人ルツを妻に迎えた。ルツは異邦人であった。

 ナオミの次男もモアブ人の女性を妻に迎え、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

 しかし、ナオミは、夫と二人の息子に先立たれてしまう。

 そこでナオミは、二人の嫁と一緒にユダの地へ戻るために帰路についた。

 

 その途中、ナオミは二人の嫁に、「あなたがたはそれぞれ自分の母の家に帰りなさい。そして、それぞれ再婚した夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださるように」と言った。

 そして、二人の嫁に口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

 

ルツの信仰

 

 ひとりの嫁は、ナオミに口づけして帰ったが、ルツはナオミにすがりついた。

 ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まわれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」

 こうして、ルツは、イスラエルの神のもとにとどまったのである。

 ナオミは、ルツが自分と一緒に行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。

 それから、ふたりは旅をしてユダの地ベツレヘムにベツレヘムに着いた。

 

誠実な信仰者ボアズ

 

 ナオミの親戚には、ひとりの町の有力者がいた。その人の名はボアズであった。

 「主があなたと共におられますように。」とボアズが言うと、「主があなたを祝福されますように。」と周囲の人々が答える、これが彼らの常日頃の挨拶であった。これほどにボアズは、真の神を信じる誠実な信仰者だったのである。

 

 ルツは、ナオミに落ち穂拾いに畑に行きたいと頼み、畑に出かけたが、それは、はからずもボアズの畑であった。

 ボアズは、周囲の若者からルツの事を聞き、ナオミとルツが十分に生活できる落ち穂を拾えるよう取り計らった。

 

 ボアズはルツに言った。「あなたの夫が亡くなってから、あなたが姑にしたこと、それにあなたが父母や生まれた国を離れて、イスラエルの民の所に来たことについて、私はすっかり話を聞いています。

あなたがその翼の下に避け所を求めてイスラエルの神、主から、豊かな報いがあるように」そう言って、ボアズはルツを祝福したのである。

 

 イスラエルの神である主は、鷲がひな鳥を翼の下におおって育てるように私たちを保護される。

 その安心感の中で、鷲のひな鳥は力強く巣立って行く。

 鷲は、特殊な性質を持っている。嵐が来ると、他の小鳥たちは木の陰に隠れて嵐が過ぎ去るのを待っている。 しかし、鷲は、まるで嵐を喜んでいるかのように、その風に乗って高く羽ばたいて行く。

 人間も同じである。ボアズは、ルツが何が必要かを知っていた。

 こうしてルツは、神とボアズのふところ、翼の陰に身を寄せた。 神は、ボアズを通して異邦人ルツに、真の神である主がどのような方かを現したのである。

 

ルツ・ボアズのもとへ 

 ある日、姑ナオミはルツに言った。「娘よ。あなたが幸せになるために、身の落ち着く所を捜してあげなければならないのではないでしょうか。ところでボアズは、私たちの親戚ではありませんか。」

 そう言って、ナオミは、ルツにボアズへのプロポーズの方法を教えた。今でいうショットガン・ウエディングである。

 そこで、ルツは、ナオミに教わった通りにすることにした。

 

 ある日の真夜中、ルツは、ボアズの寝室に入り込み、ボアズのベッドの下にうずくまっていた。

 恐いじゃないか、これじゃシックスセンスだろう 

 

 だから何度も言うけどそんなことはメッゲナイト、絶対にない! 

 だから、真剣な事を書くと、 

 

 ボアズとルツとの結婚を願ったナオミは、本当にプロポーズの方法をルツに教えた。

「ちょうど今夜、あの方は打ち場で大麦をふるい分けようとしています。

あなたはからだを洗って、油を塗り、晴れ着をまとい、打ち場に下って行きなさい。

しかし、あの方の食事が終わるまで、気づかれないようにしなさい。

 あの方が寝るとき、その寝る所を見届けてから入って行き、その足のところをまくって、そこに寝なさい。

 あの方はあなたのすべきことを教えてくれるでしょう。」

 

 こうして、ルツは打ち場に下って行って、ナオミが命じた全てのことをした。

 ボアズは飲み食いをして、気持ちが良くなると、積み重ねてある麦の端に行って寝た。 それで、ルツはこっそり行って、ボアズの足の所をまくって、そこに寝た。

 

 夜中になって、ボアズはびっくりして起き上がった。なんと、ひとりの女が、自分の足元に寝ているではないか。 

 ボアズは言った。「あなたは誰か?」

 彼女は答えた。「私はあなたのはしためのルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親戚ですから。」


買い戻しの権利のある親戚

 

 買い戻しの権利のある親戚とは、贖い主「買い戻す者」から来ている。

 代価を払って、親戚が売らざるを得なかった土地を買い戻す.親戚であるやもめを買い戻す.などの意味がある。

 

 イスラエル民族は、主からの相続地を代々受け継げるように、親戚には、維持できない土地や子供がいないやもめをも買い戻す役目があった。そうして、家系や名を相続地から絶やさないようにしていた。

 

 救い主イエスキリストは、血の代価を払って私たちを贖ってくださった。私たち信じる者を霊的イスラエルとしてくださったのである。

 そして、約束の地であるカナンを相続する者、すなわち、天の御国の一員としてくださったのである。

 

 ボアズは言った。「恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々は皆、あなたがしっかりした女性であることを知っているからです。

 私があなたを買い戻します。主は生きておられる。とにかく、朝までおやすみなさい。」

 ルツは朝まで彼の足の所に寝たが、だれかれの見分けがつかないうちに起き上がった。 ボアズは、打ち場にルツが来たことが知られてはならないと思ったので、「あなたの着ている外套を持って来て、それをしっかりつかんでいなさい。」と言い、大麦六杯を量って彼女に負わせた。こうして彼は町に上って行った。

 

 ルツが姑ナオミの所に行くと、ナオミは尋ねた。「娘よ。どうでしたか?」

 ルツは、彼が自分にしたことをみな、ナオミに告げた。

 ナオミは言った。「娘よ。この事がどうおさまるかわかるまで待っていなさい。あの方は、今日、その事を決めてしまわなければ落ち着かないでしょう。」

 

 一方、町の門の所に行ったボアズは、買い戻しの正式な手続きをして、長老たちと全ての人々に言った。

「あなたがたは、きょう、ナオミが維持できなかった相続地を、私が買い取ったことの証人です。

 さらに、私はモアブの女性ルツを買い取り、私の妻としました。きょう、あなたがたはその証人です。」

 すると、門にいた人々と長老たちは皆、言った。

「私たちは証人です。どうか、主が、あなたの家に入る女を、イスラエルの家を建てたラケルとレアのふたりのようにされますように。あなたはエフラテで力ある働きをし、ベツレヘムで名をあげなさい。」

(ユダの地ベツレヘムとエフラテは同じ意味と捉えられる。)

 

 こうしてボアズはルツをめとり、彼女は彼の妻となった。

 ナオミの周りの女達はナオミに行った。「イスラエルで、その名が伝えられるよう、きょう、買い戻す者をあなたに与え、あなたの跡を絶やさなかった主がほめたたえられますように。」

 

 

ルツへの神の祝福

 

 イスラエルの家を建てたレアとラケルのようにされますように。これが、ルツに与えられた祝福である。

 

ボアズへの神の祝福

 

 ユダの地ベツレヘムで、力ある働きをし、名を上げる。これが、ボアズに与えられた祝福である。 

 

 こういう神からの祝福を受けたボアズとルツの家系から、ダビデ王は生まれたのである。

 

 主は、ルツをみごもらせ、彼女はひとりの男の子を産み、オべデと呼んだ。

 オべデは、ダビデの父エッサイの父である。つまり、ボアズとルツはダビデの曾祖父と曾祖母にあたる。