エステルを理想とする女性のクリスチャンは、何故かとても多い。エステルは、命掛けで主に従い、イスラエルの民が皆殺しになることを食い止めたのだ。また王アハシュエロスと王妃エステルの関係は、花婿なるイエスキリストと花嫁なる私たちクリスチャンの関係を現していると言えよう。
エステルの別名(ペルシャ名がバビロニヤ名)ハダサは、アラム語でてんにんかの意味で、アッカド語で、花嫁の意味である。
エステルは、星・秘密・秘められたの意味である。
エステル記は、神の摂理の書簡である。私たちは、エステル記により、神の御計画による神の御手を見ることができる。
ペルシャの王アハシュエロスの時代(約BC450年)、エステルの養父モルテガイとエステルは、バビロニンの王ネブカデネザルがイスラエルの民を捕囚として捕らえ移した為にペルシャ、すなわち、現代のイランに居た。(バビロン捕囚のこと)
エステル王妃となる
王の心にかなう乙女を、処分された元王妃ワシュティの代わりに王妃とする為に、シュシャンの城に多くの乙女達が集められた時、エステルも王宮に連れて行かれて、監督官ヘガイのもとに置かれた。
エステルは、このヘガイの心にかない、彼の好意を得た。ヘガイは急いで化粧品とごちそうと七人の侍女をエステルに与え、婦人部屋の最も良い所に移した。
そこでエステルは、王の花嫁になる為に没薬の油と香料で化粧品で12月ヶ月準備したのである。
王は、他のどの女達よりもエステルを愛した。このため、彼女はどの娘達よりも王の好意と恵みとを受けた。 花婿であるイエスキリストの花嫁である私たちも、イエスの愛と好意によって、最高の恵みと祝福を受けている。
ある日モルテガイは、王の門のところに座っている時に王の暗殺計画を知った。そこでモルテガイは、その事を王妃エステルに知らせた。エステルはこの事をモルテガイの名で王に知らせ、こうして王の暗殺計画は未然に防がれたのだった。
この事は王の年代記の書に記録された。
モルテガイが、王の首長ハマンにひれ伏さなかったので、ハマンは怒って陰謀を企て、王を欺いて王の名と王の指輪の封印によってユダヤ人を根絶やしにし滅ぼせとの勅令を出し、王国中のユダヤ人絶滅を図ったのである。その事が、国中に知れ渡ると、ユダヤ人のうちに大きな悲しみと断食と、泣き声と嘆きとが起こった。
そこで、モルテガイは王妃エステルに、彼女が王のところに行って自分の民族の為に王にあわれみを求めるようにと彼女に言付けを送った。
“”〈エステル記4:14〉
神の御手の摂理による大逆転勝利
エステルはモルテガイに返事を送って言った。
「たとい法令にそむいても私は王のところに参ります。私は死ななけばならないでしたら死にます。」
エステルは、イスラエルの民を救う為に命を犠牲にしてまで、王に謁見を申し出るのである。
イスラエルの民を救う為にエステルが命掛けで行った、この英雄的な言動こそが、人々を救うために命を捨てられた救い主イエスキリストの十字架を現しているのである。
“麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。”〈箴言31:30〉
その後、王は眠れなかったので、記録の書、年代記を持って来るように命じた。
王が年代記んだ時、モルテガイが王の暗殺計画を未然にくい止めてた事を知った。そして、皮肉にもハマンの言動によって、モルテガイは王服と王冠を与えられることになったのである。
モルテガイは、娘ハダサ、すなわち、エステルの協力を得てハマンのユダヤ人大虐殺という策略を食い止め、結果、ハマンは木にかけられ、モルテガイには王に次ぐ位と栄誉が与えられた。
“彼の神、主の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。”〈エズラ記7:6〉
そして、モルテガイとエステルは、新しい勅令を王の名で書き、王の指輪で印を押し、ハマンのユダヤ人大虐殺の企てを覆し、神によって大逆転勝利を与えられたのである。
それは、ユダヤ人には、光と、喜びと、楽しみと栄誉であった。ユダヤ人たちは、その日を喜び楽しみ祝宴を張って祝日とした。…〈エステル記9:26〉それがプリムの祭りである。
プリムの祭りは、エルサレムで行われる三大祭り(過越しの祭り・五旬節の祭り・)とは違い、プリムの祭りはイスラエル全土で行われた。
ユダヤ人の敵がユダヤ人を征服しようと望んでいたのに、それが一変して、ユダヤ人が自分たちを憎む者たちを征服することとなった。〈エステル記9:1〉
日々の生活の一つ一つの事柄の中にも、主の御手の働きと主のご支配があることを、エステル記によって知るのである。
放とう息子の話〈ルカ15:22〉の中で、父親が帰って来た息子を見つけ、走り寄って彼を抱き口づけし、僕達に言いつけて一番良い着物と靴をはかせ、手に指輪をはめさせるのである。
モルテガイとエステルが、王の名と王の指輪を与えられたように、私たちにもイエスの御名の権威という指輪がすでに与えられているのである。
エズラ記は、神殿の回復と宗教的回復(すなわち、失われていた律法の朗読)を伝え、
ネヘミヤ記は、城壁の再建と政治的回復を伝える。
エステル記は、ユダヤ人の保護、ユダの家の家の保護 と民族的回復を伝える。
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